リリカイタリアーナオペラ研究所で学ぶこととは 声− "オペラを歌うには一に声、二に声、三に声” とロッシーニが語ったように、 イタリアオペラを歌うには、なによりもまず豊かな声が必要です。 これを持っていなければ、たとえソルフェージュが完璧であっても、 どんなに演技力があってもオペラで主役の座を射とめる事はできません。 では豊かな声を得るにはどうすればよいのでしょうか。 これには次の4種類の状況によって異なります。 1. 素材としてすでに持ち合わせている場合 2. 持ち合わせていたが、それまでの゛豊かな声″を作る作業をなおざりにし、音程、リズム、 言葉などに対して重箱の隅をつつくような教育をされ続けたが故に萎まされてしまった場合 3. さほどの素材は持ちあわせてはいないが、正しい訓練によって飛躍的に成長し獲得できる場合 4. どう訓練しても素材上どうしても大きな成長が得られない場合 の四つです。当研究所の教育は、素材を持った生徒を集め、表面上の完璧を求めて 重箱の隅をつつくような教育(この教育法は往々にして、精神や肉体を萎縮させ、 素材を成長させるどころか逆に萎ませてしまう結果となります)にもめげず、 運良く声を成長させる事に成功した、ほんの一握りの歌手達を社会に送り出すという教育法とは 全く異なり、生徒数を責任を持てる範囲の人数にとどめ、特に2と3の人材の育成に力をそそぎながら、 生徒全員の声の成長を求めるというものです。 舞台−オペラ歌手になるためにはまず "豊かな声を獲得させる教育が第一義ですが、勿論表現能力、 演技力の教育も欠かせません。これらの教育には実際舞台に立たせてオペラをさせる事が早道です。 これまでの常識では"舞台に立っても恥ずかしくない状況になってから舞台を踏ませる”でしたが、 当研究所はあくまで生徒の成長こそが目的である事から"舞台に立たせる事によって成長をうながす” という方法をとっています。従って、入所の時点で全くオペラを経験した事のない生徒も、 3か月の間にオペラ全曲を勉強し、3か月演技の稽古をして6か月後には主役として舞台に立ち、 また後期も同様のスタンスでもう一本のオペラを勉強する訳ですから、 一年に2回舞台を経験する事になり急成長を遂げられる訳です。 将来舞台上で活躍する人材を育成しようとするならば、若いうちからできるだけ多く舞台に立たせ、 未来の職場に慣れさせるのが不可欠なのです。 目標−当研究所では以上のような教育方針でオペラ歌手の育成に努めていますが、 最終目標はあくまで "生徒が将来オペラ歌手として世界で活躍する事” においています。 こういった言葉を発するのは実に簡単ですが、実際には非常に難しい事です。 しかし、だからといってその道を用意しなくてもよいという訳ではありません。 当研究所ではその目標達成の道として、毎年希望する生徒に対し、 ベル・カント発声の大御所であるパリデ・ヴェントゥーリ氏、最近ではフェニーチェ座の <シモン・ボッカネグラ>の指揮者として来日し絶賛を浴び、 2002年9月に<ルクレーツィア・ボルジャ>で若くしてスカラ座デビューを果たした レナート・パルンボ氏らを講師として、約2週間に亘る講習会を行い、 彼らにその能力を発掘してもらうチャンスを提供しています。 勿論、その講習で当研究所の教育が全生徒に順調に作用しているかのチェックの役割も 果たしている事は言うまでもありません。 しかし、当研究所の最大の特徴はこれから記述する事にあります。 現在の日本のオペラ界にあっては、オペラで主役を務められる歌手はほんのひと握りにすぎず、 残念ながら、長年の苦労がほとんどの場合徒労に終ってしまうのが現実です。 特に女声はあまりにもその数が多いため、いつのまにか舞台の主役を務めるのが目的だったはずが、 合唱で舞台にのったり、**会員、**準団員というノレンをもらって幸運と感じる (音大を卒業し、殆ど何もしないまま持っていた才能をサビつかせてしまう人々が多い中では、 それでもまだいい方なのかもしれませんが)状態になってしまう場合が ほとんどと言っていいでしょう。 ではこの悲劇はなぜ起こるのでしょうか? それは、言うまでもなく"歌手の数に比してオペラの公演回数が極端に少ない” 事に起因しているのです。 ではこれから歌手で身をたてようと望んでいる若い歌手達はどうすればいいのでしょうか。 「いつの日か氷山の一角に登りつめる日を夢見てただひたすら待ち続ける・・・」そう夢を見続けて、 結局喉をサビつかせて何もしないで終ってしまった歌手の何と多い事でしょう。 そしてこれまでの日本オペラ界の、夢を餌に若い歌手達に多大なる金と時間を浪費させながら、 その素材を開花させる事なく見捨てた罪のなんと大きい事! 解決の方法はただ一つ、それは "他からのオファーをじっと待つ” のではなく、 "自らの手で自分が主役を歌う舞台を作り上げる” 事です。 自ら舞台を作る?そんな事自分にはできない・・・。そうでしょうか? 現実に当研究所にはそれを行っている歌手が少なくとも8人はいます。 ちょっと背中を押せばやるだろうと思える歌手は更に10人はいます。 なぜなら当研究所は、やがては自らの手でオペラを作り出せうる方法を 年二回の公演を通じて教えているからです。 オーケストラ、華やかな舞台、衣裳を伴った本格的なオペラ、 それは歌手にとって非常に魅力的なものです。 しかしその夢を実現できる人は極端に数が限られているのです。 しかも運良くその幸運を一時的に手に入れられたとしても、 公演の絶対数が少ないかぎりは他の歌手たちと分け(奪い?)合ったり、 早々に後続に席を譲らなければならなくなったりするのです。 では、たとえ小規模のものでもその作り方を知ったらどうでしょう。 予算に応じて無理のない企画をたて、自分の好きな時にいつでも舞台がつとめられるのです。 歌を愛し、音楽を愛し、オペラを愛している、 そんなオリジナルな自分をもう一度振りかえってみませんか? 歌手は歌を歌ってこそ、一生歌い続けてこそ歌手なのです。 それともあなたは歌を勉強しているのは社会的名声 (**大学の教授なり、**会員なり、**劇場の脇役、合唱なり)を、 いわゆるハクを得るためなのでしょうか? 確かにそのハクは、それで判断する傾向の極端に強い現代日本社会においては いくばくかの効力があるのかもしれません。 しかし、音楽を通じて人と人との心を結ぶ音楽本来の目的を果たすのに、 ハクの力に依存するのは音楽家として本来あるべき姿ではありません。 あなたが歌を愛し、音楽を愛し、オペラを愛していさえすれば、 その心情はハクにかかわらず必ず聴衆に伝わるはずなのです。 むしろ、仮に力量的には数段優れているにしても、 高額の出演料をとって仕事として歌う歌とはまた違った、 純粋な感動を与える事が出来るのです。 この不況の中、怒涛のように訪れるスカラ座やメトロポリタン歌劇場をはじめとする 海外オペラ団、そして目を疑うような高額なチケット・・・ 今まさにバブルオペラの真っ盛りと言えましょう。 しかしこの現象は一部は評価できても、全面的に賛同することはできません。 なぜなら、オペラという芸術が一般社会から遠ざかり、 金のかかる高級な娯楽というイメージが定着してしまうからです。 イタリアオペラは常に一般市民のために作られ、常に一般市民とともに歩んできた その歴史を振り返ってみれば、 今の日本のオペラ界のあり方ははなはだ危険な状況と申せましょう。 オペラの重点を、極力生の声の魅力、音楽の魅力、表現、演技におき、 無駄な舞台や衣装の表面的な華美を省いてチケット代を手軽な値段に下げ、 できるだけ多くの人々が気軽に劇場に足を運ばすことができる・・・ オペラをそんな芸術にすることをめざすリリカイタリアーナオペラ研究所と共に、 あなたのオペラ活動を展開して行きませんか? リリカイタリアーナオペラ代表 澤木和彦
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